寂しさからは逃げられないけど...

  • 2016.10.16 Sunday
  • 17:36

手を振り別れる時間
空は青く
太陽は秋の空気を初夏の頃のように暖めていた。

 

離れて暮らす娘にイタリアンのコース料理をご馳走された。
記念日ということもあるのだけど
サプライズプレゼントに涙が出そうになる。
普通じゃありえない高額のそれはとても美味しかった。

 

今は数ヶ月に一度会えるかどうかだ。
顔を見るだけで安心する。
不登校から引きこもりへと10代を過ごし、
うつむいてた昔がウソのように顔には自信が溢れ、
ひとりの大人として自立してる。

 

巣立った寂しさを喜びに変えることが難しい。
今日一緒に過ごした時間があっという間で悲しくなってしまった。
親離れ子離れ出来ない人が多いのも事実だけど
お互いの人生を潰し合うことだけは絶対にしてはいけない。

 

子どもが独立したがってるのに許さない親は
自分のことしか考えてない毒親。
子どもから親亡き後の生きる力を奪い取り
老後の面倒を看させようとするなど言語道断だ。

 

親は孤独に耐え
残されたものに迷惑をかけないように
ひっそりと死んでいくのが宿命と悟らなければならない。
それができないなら子どもなど作ってはいけない。

 

 

自由と不安定は同義語...

  • 2016.10.09 Sunday
  • 17:44

安定を求めると不自由になる
仕事も結婚も己れをがんじがらめに縛る。
自由でいたければ
不安定でいなければならない。

 

ほとんどの男女は
孤独に耐えられるず
不自由を選ぶ。
でも今の世の中はその不自由さすら与えてくれない。

 

自由という名の地獄に突き落とす。
自由とは派遣であったり
期間雇用という非正規であったりする。

 

安定した暮らし
安心できるなにか
確かな形としての金銭の呪縛からの解放。
そんなささやかな願いすら贅沢になった。

 

いつも不安を口にする君。
不安、不安と呪文のように繰り返す
水に浮かぶ小さな舟のように揺らいでる。

 

結局、みんな死ぬのに...
生きるのが不安なら死ねば安心?
君の死にたいは不安からの逃避?

 

 

でも
君はずっと生きてると思う...

答えないのが答えだったんだ...

  • 2016.09.24 Saturday
  • 19:52

今更だけど広島の優勝は感慨深い出来事だ。
2005年から付き合い始めた羊と自分
原爆ドーム近くから一緒に見た市民球場
もうそれは取り壊されて消えてしまった。

 

クリスマスの夜に連れて行かれた薬研堀の野球鳥。
今はカープ鳥と名前を変えて営業してる。
飲めない酒を無理して飲んで笑ってた。
店の中はカープ一色だった記憶がある。


それもこれも現実とは思えないほど切ない...

新天地の外人だらけの洋楽バーも今年店を閉めたらしい。
何もかもが時の流れの中で消えて行く。
真夏に泊まった並木通りのホテルもない。
側に立つ広島パルコだけは健在だ。

 

広島駅前の再開発はとても寂しい。

変わっていく街を誰も止められない。
消されていく想い出を止める術はない。

 

あの頃のふたりは弱っていた。
誰かにすがらなければ死にそうだった。
だから弱い者同士で傷を舐めあうしかなかった。

 

広島という地で涙を流した。
何度も抱き合うことで心を寄せ合い
それが愛だと勘違いしていた。
羊が妊娠してたら嬉しいとブログに書いてるのを見た時
驚き、言葉が出なかった。

 

「やっぱりおろして欲しい?」
「...」

 

何も答えなかった。
いや、答えれなかった。
答えないのが答えだったんだ...


結局、妊娠はしてなかったんだけど
羊は自分を試したんだろうと後になって思った。

自分は身勝手で卑怯な男でしかなかった。

 

その後ほろ苦さを残しながら
恋愛関係は終止符を打った。
広島の街を走る路面電車は懐かしさと切なさを乗せている...

 

 

空っぽのベンチが好きだ

幸せが見たくないだけかもしれない...

 

 

時間の奴隷...

  • 2016.08.28 Sunday
  • 18:58

キツイ仕事をこなしてやっと今日が終わる。

そしてまたすぐ今日が始まる。

明日なんてない、ずっと今日が続く。

 

生きるためだけに働く毎日。

考えてはいけない、悩んではいけない。

立ち止まってもいけない。

時間の奴隷になるんだ。

 

他方、今は永遠に続かない。
今は今でしかない。それは瞬間で過ぎ去る。

老いる恐怖に抗うことは無意味。
人間は年月とともに醜くなる。
儚い美の時間はあまりに短い。

美しく老いるとは所詮慰めの言葉
老いた人々が街にいても風景に溶け込み誰もが無関心だ。

運命を受け入れ潔く死ぬ。
この世にしがみつかない。
死を自然に任せられるように...

 

 

分かれ道

明日はわからない...

 

同期する...

  • 2016.07.23 Saturday
  • 20:08

相変わらず喜怒哀楽が激しいM。
笑顔と涙、甘え、怒気。空を飛んで遠い地に降り立った。
変わり果てた二人の姿。長すぎる付き合いは醜さも共有する。

「もう誰ももらってくれない...」

身体中に彫られた多くの印は後戻り出来ない人生を物語る。
責任のすべてをこちらに押し付けて自分は悪くないとでも言いたげだ。
確かに自分と出会ってなければ身体に余計なものを刻むこともなかっただろう。

それらはM自身の意思で彫ったもの 強要したわけでもない。
けど彼女からしたら言い訳にしかならないのだろう。

「欲しくなっちゃう」
「全部脱いでもいいですか?」

欲望のままに貪るキスやセックスは 死が近いことを教えてくれる。
濡れた膣粘膜の感触が気持ち良すぎて自制がきかない。

「気持ちいい、出そう...」
「いっぱい出してください!」

中だしを求めるM
膨張したペニスは大量の精子を膣内に注ぎ込む。
しばらく繋がったまま荒い吐息にまかせ抱き合っていた。

「嬉しい...」
「やっと結ばれた」

待ち望んだ久しぶりのセックス。
精子と愛液で濡れたペニスを舐めるM
その口で激しいキスを求めてくる。
貪欲な性は身体を離さない。

「愛してる、愛してる...」

行為に溺れてる時はいつもこうだ。
Mはイキッぱなしだった。
全裸での長い長いディープキスの間、
ずっと身体にしがみつき、下半身を痙攣させる。

一度イクともう止まらない。
最後はオナニーでもう一度イキ、 ようやく身体を静めた。

身体は時間とともに劣化して行く。
酷使し続けた内蔵は悲鳴をあげて怒り狂う。
治まったかに思えたあの病気がまた自分を苦しめる。

センチメンタルな気持ちで死にたいなど今はないが
苦しみから逃れたくて死にたいならある。
なんて弱く情けない男なんだろう。
美化された過去にしがみつくしかないのか
お互いに...

さっきまで笑顔だったМ
しかし急に沈黙の時間が流れ すすり泣く声だけが狭い部屋に響く。
どうしていいかわからず身体を撫でていると

「ごめんなさい...死にたいです」

恐怖が自分に襲いかかってくる。
何をしでかすかわからないМに...

ひたすら声をかけ抱きしめるしかなかった。
朝がくれば恐怖から解放される 、ただそれだけだった。



詳しくは書けないけど
長年、生きてきて初めての経験をした。
それはМも同じ。セックスでの絶頂体験。

普通のオーガズムではありえないこと。
まるで同期している二人がそこにいた。
気づかないところで深く愛し合っているのかもしれない...

離脱...

  • 2016.06.26 Sunday
  • 18:10

先週末、リーマンショック以来の大きな衝撃が襲った。
今後のことは誰にもわからない。
専門的な話は新聞、テレビ、ネットでいくらでも伝えられてるので
ここではあえて書かない。
ただひとつ、大変なことになるのだけは間違いないだろう。

 

話しを変えよう。
家の中のものを捨てはじめて50日弱、
だいぶんすっきりした。

ものを捨てるというのはお金を捨てるのと同じだけど
これでものに対する執着もなくなり
結果的に必要以外のものはいっさい買わなくなった。
損して得とれの意味がよくわかる。

 

ゴミ屋敷になる原因はそれぞれ訳ありだ。
仕事で疲れて何もしたくない。
心が壊れて動きたくない。
分別が面倒で捨てることが出来なくなった。


気が付けば手遅れ状態になってしまった。

どこから手をつけていいのかもわからず、
それを考えることすらしたくない。
思い出は絶対捨てたくない。
もうこうなるとかなりキツイ。

 

自分の今の経験から言うと
何から何まで容赦なく捨てる。
収納用品など絶対買わない、あれは粗大ゴミになるだけ。
収納せずとにかく捨てる。

 

どんな大事なものでも
捨ててしまったら忘れてしまう。
自分はあんなものに固執し、縛られていたんだなと
あらためて気づいく。


捨てることでこれほど心が軽くなるとは思わなかった。
不思議と欲もなくなった。

欲がなくなるということはお金も使わなくてすむし
精神的にも執着から解放されてとても楽です。

執着からの離脱...

 

 

記憶の整理...

  • 2016.05.28 Saturday
  • 18:13
あの地震以降、徹底的な断捨離をしている。
とにかく捨てる、壊すの繰り返し。
あれだけ物を捨てられなかった自分が嘘のよう。
毎日その行為に没頭している様は何かに憑りつかれているようだ。

独りで遺品整理しているようでもある。
元配偶者が少しでも写ってるものは一枚残さずシュレッダー行き。
思い出が消えていくにつれ心が軽くなっていく。

部屋中ひっくり返していると当然、忘れられた日記みたいなものも出てくる。
大昔の彼女、そしてこのブログでも何回か記事にした生と死の狭間を彷徨った恋愛模様。

迷いに迷って自分の記憶のためだけに
ブログでデジタル化して実物は捨ててしまうことにした。
これはだいぶん時間がかかりそうだ。
やはりどこかで執着みたいなものがあるのだろう。

Mに関してはまだ腐れ縁みたいに付き合ってるので過去にはなっていない。
今年の2月、もう何度目になるか憶えていないが別れの危機があった。
メールで別れを告げた後、数時間後に電話があり
大泣きされたので結局は犬も食わぬこととなった。
情けないのだがМとは離れられないのだと思う。

Мとの想い出の城は無残にも崩れ
暑い夏の出来事は夢の中に埋もれた。
このブログの2008年から2016年、
自分とМはまだ存在してる。



もうすぐ夏だね...

 

孤独という名の自由...

  • 2016.04.30 Saturday
  • 17:55
孤独というのは贅沢な自由じゃないのかと最近思う。
一時はあまりの寂しさに気が狂いそうになったけど、
被災地避難所の現状を知るに至り、
ひとりだけの空間をもてることに感謝してる。

周りの目を気にした窮屈な場所にいるくらいなら
孤独死のほうがはるかにマシだ。
そう思ってる人もいるんじゃないかな?

孤独であることは救われることである。

画家は孤独でなければならない。
なぜなら、一人なら完全に自分自身になることができるからだ。
たった一人の道連れでもいれば、半分しか自分ではなくなる。

レオナルド・ダ・ヴィンチ


メールしても返信がない。
電話しても出ない、やっぱり自分はひとりなんだと嘆く。
ひとりでいられる幸せに気づいていないんだと思う。
常に誰かと繋がっていたら疲れるよ、きっと。

セックスして繋がってる時はひとりじゃない。
当たり前だけど結合してるわけだから
ふたりがひとつになって、その瞬間だけは相手を独り占め出来てる。
愛のあるセックスが孤独から解放される術なら
それはそれで幸せなのかもしれないけど、
きっとそれも続かない。

快楽のうしろには面倒と悔恨をもたらすものがついている。
知ることが少なければ愛することも少ない。
自分の判断以上に自分を欺くものはない。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

long time ago...3月の失恋...

  • 2016.03.13 Sunday
  • 17:45
「君がいなくなってしまう」
「わかってた?」
「うん」

「写真を撮られそうになると顔を隠したね」
「うん」
「気づいてたんだね」
「うん」

「わかってたよ、冷めてしまったんだろ?」
「うん」

「好きになるときもそうじゃなくなる時も」
「うん」
「早いよね」
「うん」

「いっしょにいるの疲れてしまったのかな?それとも飽きた?」
「うん」
「いまさらどうでもいいよね」
「うん」

「さよならする?」
「うん」
「きりがないでしょ?」
「うん」

「泣いてるの?」
「うん」
「さよならしたくないけどさよならするよ」
「うん」
「ありがと」

「うん」
「うん」
「じゃ」
「じゃ...」

3月の失恋
半年だけの彼氏と彼女
夏、秋、冬、
そして春をちょっとだけ
涙が枯れることなく溢れ出て止まらなかった。



ずっと忘れられなくなるなんて...

闇に葬るのか...

  • 2016.02.28 Sunday
  • 17:37
年明け早々から危ない花火を連発した何かと問題な北朝鮮。
閉鎖国家、統制国家、監禁国家、殺人国家、拷問国家...

どう表現しても現実とは思えない状況に目眩がしそうだ。
日本は限度はあるが何も縛るものがない。
公共の福祉を害さない条件の下、思想、行動の自由は保障されてる。

ところがである。
田舎というか地方では北朝鮮なみの情報操作、隠蔽体質が存在してるのだ。
小学校の母親同士の諍いから僅か一週間の間に二人の母親が相次いで自殺した事件。

小さな田舎町で起きたこの奇妙な話は
ママ友のいじめが原因であると瞬く間に世間に知れ渡った。
これだけの事件であるにもかかわらず町ぐるみで何事もなかったかのように火消しに走り、
情報はそれ以上外部に漏れ出すことはなかった。

シチリアマフィア顔負けの沈黙の掟がこの町をドス黒く覆ってる。
恐ろしい話だが現実にこの日本でそれは起きてる。



栃木県の南西部に位置する佐野市の中心部から車で30分ほど行ったところに、
白い鉄筋コンクリート造りの小学校の校舎がある。
山が間近に迫り、田畑が広がるのどかな一帯には、昼間は子供たちの遊ぶ声が響く。

児童は一学年10〜15人程度で、全校でも70人ちょっとという小学校だ。
そんな小さな学校を揺るがす“事件”が今年の4月、立て続けに起きた。
1週間の間に、在籍する児童の母親2人が相次いで自殺したのだ。
発端は4月16日、小4の娘を持つA子さんが亡くなったことだった。

「A子さんが首を吊っているのを見つけたのは娘さんでした。
娘さんは特殊学級に通っていて、本当にかわいらしい子。
その子が自分で救急車を呼びました。
だけど、A子さんの家は山の中腹にあり、道も細く、救急車が道に迷ってしまった。
娘さんは泣きじゃくりながら家の下の大きな道路まで下りてきて、救急車を待っていました」(近隣住民)

「お母さんが…お母さんが…」。
声にならない声で泣きじゃくりながら助けを求める幼い子供に静かな街は騒然となった。
A子さんの葬儀には、子供が同じ学校に通うママ友のB美さんが参列していた。
A子さんとB美さんはママ友の中でも、親友といえるぐらい、何でも相談できる仲だった。
B美さんの知人によると、A子さんの告別式でB美さんは友人代表としてこう手紙を読んだという。

「私がAちゃんの代わりになって子供のことを守ってあげるからね」

 だが、その約束は果たされなかった。A子さんが亡くなった1週間後、B美さんも自ら命を絶ったのだ。
「B美さんは男の子3人、女の子1人の4人の母。
PTAの活動にも積極的に参加する、子供好きの活発で、きれいなお母さんでした。
葬儀では、娘さんがお小遣いの1000円札を握りしめて
火葬場の職員に“これをあげるからお母さんを焼かないで”と泣いていました。
見ていて本当につらくて、つらくて…」(前出・B美さんの知人)

2人のママ友の相次ぐ自殺。
その真相に触れたのは、読売新聞の栃木県南版(7月3日)の短い記事だけだった。
《遺族によると、(A子さんとB美さんそれぞれの)児童2人は学校で物を隠されたりするいじめを受け、
不登校になった。2人の母親が「やめてほしい」などと、別の児童の母親に改善を促すうち、
母親たちの間で孤立するようになった。
自殺直前には、他の児童の母親から「母親失格だ」などと厳しく言われ、家族に悩みを打ち明けていたという》

学校や市教育委員会はLINE上で母親同士がA子さんとB美さんの陰口などをやりとりしていたことを確認したという。
しかし、「児童や母親の間にいじめ行為はなかった」と結論づけたと報じられた。

A子さんとB美さんを知る人物が語る。

B美さんの小学校高学年のお子さんも友達にモノを隠されるなどのいじめを受けていて不登校だった。
それでB美さんは、友達の母親に直接話をした。
すると、その保護者が“てめえの育て方が悪いんだよ”と言って、
その日からB美さんもママ友の中で仲間外れにされるようになったと聞いています」

教育評論家の松本肇氏が指摘する。

「子供のいじめがそのまま、母親同士のいざこざに繋がることはよくあります。
いじめられた子が母親に言うと、母親は子を守ろうとします。
一方で、いじめた子も“ぼくは悪くない”と自分の母親に伝えるので、
母親同士がそれぞれの子供の言い分を鵜呑みにして、一歩も譲らない言い争いになるケースが多い」

B美さんが亡くなる前日、学校で授業参観、クラス懇談会、PTA総会が行われた。
ある学校関係者はその日のB美さんの様子をこう振り返った。

「その日は不登校の娘さんが“お母さんと一緒なら私も学校へ行く”と言ったようなんです。
それでB美さんはギクシャクしていたママ友の中に無理して入っていった。
ガタガタと震えていて、目には涙も浮かんでいました」

※女性セブン2015年7月30日・8月6日号



これだけの出来事なのに
町は情報統制下にあり出てくるものはわずかだ。
どちらにせよ、醜い。
綺麗なものなどすべて幻想だ...
 

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