昨夜から朝にかけて彼と会った。
彼と言っても恋人ではない。
過去にたった十日間、気が狂ったように毎日愛し合った相手。
ある事をきっかけに彼に捨てられた私は
その関係を修復すべく、彼に尽くしてきた。
食事や飲みに行こうと誘われれば出かけ
彼の好きな物をご馳走した。
彼はいつも不機嫌で、私を貶し、冷たかった。
震災の後あたりから
週3日程だった彼からの電話がほぼ毎日に増え
彼は愚痴や悩みといった内面的な話をするようになった。
朝も深夜も問わず電話があれば
話を聞き、相談にのり、冗談を言って笑わせた。
以前と違い、私の話を聞くようになってくれていた。
やがて彼の口から
「いつもありがとうね」
という信じられない言葉を聞くことになった。
お金を貸して欲しいと嘆願され、協力すると
「君は大切な人だ」
と事あるごとに言った。
その後も二人の関係は良くなってきたように思われ、
彼への愛しい思いはまた強まっていった。
それは同時に「愛情」を「依存」と置き換えても間違いは無かった。
昨夜、いつものように飲みに誘われ、出かけた。
最近の彼が話すのはだいたい同じ内容。
お金が無い事と仕事への不安。
故郷と家族への思い。
別れた妻とやり直したい思い。
そして
19歳の恋人との
別れた妻との
過去に愛し合った女達との
愛についての詳細を露骨に私に聞かせる。
もうやめて欲しいと言っても笑って話は続く。
ここしばらく続いたこれらの話題に私は少し辟易した。
私がいつもの通り支払いをしていると
彼は先に外に出て携帯をいじっていた。
彼の機嫌を損ねないよう、彼がいつも望んでいるように
あっさりと帰る事にした。
電車に乗っていると電話が来た。
用件は無いと言うので切り、家に着くとまた電話が来た。
その後。彼は愚痴を口にしては電話を切り、眠れないと言ってまたかけては切り、
それを6回ほど繰り返した。
「なんで俺こんなに君に頼ってるんだろう?」
彼が辛い時、私にできることがあればしたい。
素直に湧き出る愛情で接した。
「今から来て欲しい。」
別れた後、彼がそんな事を言った事は今まで一度もなかった。
あったとしても酔った時の悪い冗談だ。
「君に色々話を聞いて欲しいんだ。」
迷いも思う所もあったもののホテルに向かった。
彼と二人きりで過ごすのは久し振り。少し嬉しかった。
彼はさっき19歳の恋人と別れたと言い
先程までやりとりしていたというメールをすべて見せて来た。
苦しそうに、時に自虐的に笑い、顛末を語った。
苦しんでいる時の彼は必ず、
関節が鳴るのが電話でも聞こえるほど
きつく片手を握ったり開いたりを繰り返す。
苦しむ彼を見るのは辛い。
「手をつないでもいい?」
「いいよ。」
「抱きしめてもいい?」
「いいよ。」
彼に触れた。懐かしい感触で幸せになるのも束の間。
何よりも私が触れる事と、私を抱くことを頑なに避けていた彼は
乱暴に、私を押し倒し、顔も見えないような方法で
黙ってわずかな間、自分の欲望を果たそうとして
やがておもむろに私から体を離し眠った。
彼にまた抱かれる事を望んでいたのが
こんなに惨めな気持ちになるなんて。
ぼんやりとして、悲しくも寂しくもなかった。
もう彼に関しては何も無くなってしまった。
少し眠り、起きると彼が横で眠っていて嬉しかった。
嗚咽のような小さな声をあげる彼の肩を後ろから抱いて言った。
「泣いていいよ」
彼は逃げるようにして立ち上がった。
そして、前に見たように苛ついた様子で薬を飲んだ。
「俺これから故郷に帰るから、お前新幹線のチケット払ってよ。
カード使えるんだろう?」
それはできない。彼からまだこれから返してもらう約束の高額のお金もある。
きちんと返してもらえるのかも不安になる。
その後の不毛なやりとりをしているうち、私は気が滅入ってきた。
私の目の前にいるのは
子供と言うには幼稚すぎる、
どんな受け止め方をしても壊れてしまう脆すぎる心を持った人。
家族や私や他者の援助を当たり前に要求し
そこにつけこむかのように甘んじる人。
そして彼はどんな話をする時も、私を見ていない。
顔を見ていたとしても、彼の中に私はいない。
結局、彼の都合の良いだけの自分の存在にもう、いいやっと疲れが来た。
目の前の人は本当に私が愛している人なの?
静かに、冷静に目を覚ました。
「帰るね」
と一言残し、彼の事を振り返らず一人ホテルを後にした。
帰り、眠っているとメールが届いた。
「あんな去り方するなんて人として信じられない。
もう君とは終わりだ。さよなら。」
私がいけなかったのか。
帰り際、彼と共に歩いたら良かったのか。
優しい言葉をかけたら良かったのか。
今朝はこのまま、彼を放って帰る事しかできなかった。
私は自分を責め、泣く事しかできなかった。
電話をかけた。何回目かで彼が出る。
「今朝の事、ごめんなさい」
「何が?」
「メールに書いてあった事」
そう告げると電話は切れた。
すれ違いや言葉の行き違いで感情的に別れても
いつの間にか元に戻っていた関係もそろそろ終わろうとしている。
それは彼の「さよなら」だけでなく
私も終わらせようとしているから。
昨晩の電話をぼんやり思い出す。
「君は優しいな。どうしてそんなに優しいの?」
私は、彼の依存によって自分の存在を確認し
またそこに依存していたのだろう。
http://kotorinoyouni.blogspot.com/2011/05/blog-post_04.html"より。
とても表現力のある文章を書く人だなと感心させられます...
文章と写真は関係ありません...