The End...

  • 2018.01.22 Monday
  • 00:49

「死ね...」

 

午前2時、着信音で起こされた。

朦朧とする意識の中、半分目を閉じながら電話に出た。

 

ずっと無言のまま時間が過ぎる。

「もしもし」

「...」

返事がないまま電話だけは繋がっていた。

そして冒頭の言葉が出た瞬間に切れた。

 

無言電話がずっと続いていて

それはたぶん女だというのは薄々感じていた。

誰かは分からなかったけど、心当たりはあった。

でも、確信は持てず放置しておくしかなかった。

 

今だったら知らない番号や非通知は出ないけど、

その当時はどんなものにでも出ていた。

今振り返ってもその頃の自分の心理状態がよくわからない。

 

恨まれるようなことをした覚えはないけど

相手にとっては傷跡として何かが残っていたのかも知れない。

 

ネットがこんなに繋がる以前の話だ。

携帯料金も高く、繋がりにくいPHSで我慢していた。

携帯はネットを見るものではなく会話をするものだった。

 

当時は出会い系の待ち合わせの為と、

会った女との連絡だけに使ってた気がする。

来るもの拒まずでたくさんの女と会った。

一人ひとりの記憶は曖昧だけどインパクトのある人はよく覚えている。

 

一番強烈だったのはどこから見ても男だった女?だ。

梅田のナビオで待ち合わせしたんだけど、

その場に女はいなかった。

恐る恐る教えてもらった番号にかけると目の前の男?の電話が鳴った。

 

「もしもし、どこにいるんですか?」

「もしもし、目の前にいるわよ」

 

確かに目の前には背の高い痩せ型の中年男?が立っていた。

それもメガネの奥に笑みを浮かべながら。

 

「もしかして男?」

「失礼ね、子ども産んだこともあるわよ」

 

にわかには信じられない。

怖くなって一目散に走って逃げた。

梅田の雑踏の中に消えれば大丈夫だろうと思ったけど、

その後何度も夢に出てきてうなされた。

完全なトラウマとなる出来事だった。

 

その一件からしばらくしてまたバケモノに出会うことになった。

場所は当時改札がひとつしかなかった阪急三国駅だ。

電車を降りてきた自分を待っていたのは大関貴ノ浪だった。

横幅は大関以上の迫力を醸し出していた。

 

改札を出たところでの待ち合わせを約束していた為、

目があった時には腹をくくるしかなかった。

なにせ電車を降りたのは自分しかいなかったからバレバレである。

 

神崎川を渡ってホテルに行きたがっていたけど

自分は苦しい言い訳を繰り返し、

それをなんとか回避した。

 

「あんたって人を見た目で判断する男でしょ!」

「あたしを見た男はみんな逃げるよ」

「いや、そんなことないよ」

「もういい!キャンセル料ちょうだい!」

「はあ?」

「だからお金!」

 

この時も176号線を全力で走って逃げた。

行き交う車など目に入らなかった。

相撲取りの身体では追いかけることも出来ないだろうと

思ったけど後から震えが来た。

 

あとほとんどの人は普通だったけど、

やはり振り返るとメンタルに問題を抱えてた人が多かった気がする。

 

性癖も外見からは想像も出来ない人。

いつもバッグにバイブを入れて持ち歩いてる人。

ホテルに犬を連れて来る人。

ベッドで自分に跨る女の上に犬がいるという

とてもシュールな光景は

ドアーズのThe Endをバックに流せば幻覚になるだろう。

 

https://youtu.be/JSUIQgEVDM4

 

自分も狂ってた時代だったけどそれ以上に女も狂っていた。

これじゃ死ねと言われてもしょうがないよね...

空間を作る...

  • 2018.01.12 Friday
  • 19:46

自分の家でもいい、部屋でもいい。

そこに大きな空間を作る。

いわゆる断捨離というやつだ。

 

物を捨て溜め込まない。

押入れなどの収納スペースも空にする。

いくら片付けても物を減らさず

隠して押し込んでいたら意味がない。

それでは違う空間を埋めることになる。

 

空間が出来ると自身の頭の中に余裕が生まれる。

物に支配されなくなると圧迫感から解放される。

 

目に見える物を消すことによって

目に見えない心が鮮明になる。

心が軽くなるとはそういうことだ。

 

ハードディスクの容量いっぱいにデータを詰め込んでたら

サクサク動かない。

軽くするにはデータを削除し、

断捨離しなければパソコンの動きは早くならない。

 

パソコンの中に空間を作るのも

部屋の中に空間を作るのも同じ効果がある。

 

めいいっぱい溜め込んだ心の悩みも

空間があることで逃げ場を作ってくれる。

今まで逃げ場がなかったのは

心に空間という余裕容量がなかったからだ。

 

不思議なことに物で溢れてた部屋に

物がなくなると心が浄化される。

何が必要で何が必要ないか、

心の悩みもひとつひとつ取り出し整理出来る。

 

付き合わなくていい人、付き合う人。

嫌いな人と好きな人。

これも思い切り断捨離し、人間関係の整理をする。

 

誰しもが人生で出会う人ほとんどが

結果的にどうでもいい存在になる。

どうでもいい人に関わる時間を出来るだけ削るのも断捨離だ。

 

友だちの数などまったく意味がない。

友だちのほとんどがどうでもいい人なのだから。

 

 

どうやら身軽になる時が来たようだ...

 

 

時間が止まってる...

  • 2018.01.07 Sunday
  • 21:56

先日、10年ぶりに昔働いてた職場でバイトすることになった。

当時、非正規で働いていた三人が

まるで時間が止まったかのように同じ場所に座っていた。

 

そして今も変わらず非正規で働いている。

そのうちの一人と一言二言話しただけなのだが、

おそらく三人とも独身のまま歳を重ねている雰囲気だった。

 

既婚、独身と多様な生き方が

世間に認知されるようになったのは

やはり非正規労働者の増加が顕如になった2004年あたりかも知れない。

それが加速していったのが小泉政権の後期だろう。

そしてリーマンショックを経て今に至ってる。

 

景気は回復し、雇用求人倍率も高止まりしている。

しかし中身は低賃金労働か過重労働の狭い選択肢がほとんどだ。

企業が莫大に積み上げた内部留保を

労働者に還元しろと言うけど、

企業はリーマンショックの悪夢を忘れてはいない。

 

利益剰余金や現金、厚くした資本は

いざと言う時の為にとって置きたい。

どうしても出せと言うなら

うるさい株主にとなるのが本音だろう。

 

会社もだが男も臆病になっている。

経済的にも精神的にも追い詰められ、

結婚など到底無理というか面倒になってしまった。

 

正社員でせっかく入社できた会社だから

女性関係で失敗し、辞めるはめになることだけは避けたい。

話しかければセクハラ、二度誘えばストーカー扱い。

そんな言葉もなかった団塊世代とは全然違う厳しい環境。

 

もはや男が主導権を握る時代は終わり、

選ぶのはすべて女の側。

誘うのも女からというのが

これからの潮流になるのかも知れない。

 

 

 

The Last Song...

  • 2018.01.01 Monday
  • 21:52

流転し堕ちていくかも知れない。

転がる石のようにどこまでも転がり落ちて行く...

娘が会社を辞めることになった。

 

積もり積もった不満が爆発した結果だけど

福利厚生のしっかりした大きな会社だったので

自分からすれば勿体無いと思う。

 

18歳新卒で入社してから10年。

辞めたらもう二度とまともな会社では働けないだろう。

本人が社会の厳しさに直面するのは目に見えてるが、

自分にそれを言う資格もないので

余計なことは言わないようにしてる。

 

新卒で入った会社にずっといる人間は

社会を知った気になっているだろうけど、それは違う。

吹雪が舞う外の世界を知らないから甘く考えているのだ。

 

温室から出て初めてこんなはずじゃなかったと後悔する。

長年勤めた会社が一番良かったことに気づくのだけど戻れず、

気がつけば前の会社に似た所を探すようになっている。

 

それでも同じ会社はこの世に存在しない。

指示する立場から指示される立場に変わるからプライドも傷つけられる。

以前の会社のやり方に固執し、ひんしゅくを買ってしまう。

 

次第に周りから浮きはじめ、人間関係に破綻をきたす。

これを繰り返せば転職してばかりの人生になる。

そしてどんどんお金が無くなって行くのだ。

 

お金が無くなって行く恐怖を味わうと

仕事なんか選んでいられなくなる。

まさにブラックスパイラルの入り口だ。

 

たぶん、いや娘は必ず後悔するだろう。

あんないい会社はなかったと...

引きこもりから抜け出し、自立した人生を送っていたのに、

気がつけばすべてを失っている。

 

冷静な判断が出来ないから周りからのアドバイスに反発する。

独りよがりな性格になってしまった彼女は昔とは違う人間だ。

 

でも再び貧困への道に進めば

以前のような優しい女性に戻ってくれるだろうか?

人を思いやって涙を流してたあの頃のように...

 

The Last Song

 

https://youtu.be/ZRAOU5nN3fg

 

 

やっばりもう元には戻れない。

娘は歳をとってしまった...

 

 

楓...雪降る午後

  • 2017.12.24 Sunday
  • 18:01

忘れていたんだけど

キリンのCMで楓を歌う女子高生を見てまた泣けて来た。

最近、涙もろさに拍車をかけてるみたいだ。

 

サビの部分のさよ〜なあ〜ら〜のところで

もう、うるって来てしまう。

この曲を聴くといつも娘のことを思い出してしまう。

貧しかったけど幸せだった父子家庭での毎日が走馬灯のように蘇る。

 

https://youtu.be/Ecoh1L7tBO4

 

仕事から帰るといつも娘がご飯を作ってくれていて、

笑顔でおかえりと迎えてくれた。

その頃、娘が今幸せ?と何度も聞いてきたけど

振り返れば一番幸せだったと思う。

 

雪降る週末の食糧の買い出しはとても印象に残ってる。

寒い中、二人乗りのバイクで凍えながら走った。

しがみついてきた娘はもういない。

 

いろんな場所に行ったけど全部が宝物の日々になってる。

この世で一番大事な存在だったのに...

もっとかまってあげれば良かったと後悔してる。

書いてる今も泣けてくる。

 

http://ssri0301.jugem.jp/?eid=673

 

 

忘れはしないよ

時が流れても...

 

女よ、泣かないで...

  • 2017.12.22 Friday
  • 14:38

ボブマーリーのNo woman no cryが大阪心斎橋で流れてた。

それを聴いた時、なぜか泣けてきた。

女よ泣かないでなのに男が泣くなんておかしな話だ。

 

スタジオ音源とまるっきり違う

ライブのゆったり流れるオルガンのほうがこの曲に合ってる。

 

それにしても人が多い。

歩くのも前から来る人たちをかき分けながらだからなかなか前に進まない。

若さを失った自分にはただ苦しいだけの道程だ。

 

いつのまにか人混み、集団というものから遠ざかってた。

雑踏の中の刺激に鈍感になる。年齢のせいでもある。

いわゆる好奇心の喪失は新しいものを受けつけなくさせるのだ。

 

だから昔のボブマーリーなんかに泣けてくる。

未来があった時と未来を失った今では感受性がまるで違う。

 

 

女は泣く。

なぜ泣くのかわからないけどすぐに泣く。

人前でも平気で泣く。

男である自分にはただただ羨ましい。

 

No woman no cry

 

感情を表に出すことはいけないことだと教えられてきた。

感情が理性を上回ってはいけないと押さえつけられてきた。

だから...

 

No woman no cry

 

一人ぼっちの家に帰ってすぐにテレビをつけた。

どこかで聴いたことがあるメロディ...

「大阪で生まれた女」が流れてた。

 

これって

 

No woman no cry?

 

https://youtu.be/aGRX0OSjuxY

 

 

もう終わりだね...

 

 

二度目の別れ...

  • 2017.12.14 Thursday
  • 21:53

離れていくのは自立の証。

カーテンを外された空っぽのマンションの部屋を外から見た。

二度目の別れがやって来た12月の寒い日。

 

娘が子どもだった頃は、

ひとり親である自分が世界の全てを占めていたと思う。

本能かも知れないが、生きる為に親を喜ばせたいと思い、

必死でいい子になろうと努力していたはず。

 

親を失うことは自身の死を意味すると思い込むから、

しがみつき離れない。

ずっとずっと親を追いかけ迷子にならないように手を強く握る。

 

もし親を見失い迷子になってしまったら、

この世にひとり取り残され捨てられたと思う絶望感から泣き叫ぶ。

そして見つけてもらったら、安心感から

また大泣きして抱きつく。

 

やがて時は流れ子供は成長し、

親に依存しなくても生きていけるようになる。

離れていく寂しさを感じる親をよそに

子供は未来を見据え、過去と決別するかのように親と距離を置いて行く。

 

いつのまにかしがみつくのは親のほうになり

子供の生きる未来を塞ぐ存在になる。

これが所謂、毒親の誕生である。

 

そうならないように痩せ我慢をする毎日。

ずっと一緒に過ごしてきた思い出を

いつまでも大事にしてるのはきっと親だけだと思う。

 

アルバムに残された写真やパソコンに保存されてる写真。

この思い出だけを支えに生きていく。

子どもの邪魔にならないように...

子どもに迷惑をかけないように...

 

子孫を繋ぐDNAってなんて残酷にプログラムされてるんだろう。

子どもが喜ぶ顔を見たいだけでいくらでもお金を使ったり、

それもこれもプログラムされてるに違いない。

 

 

二度目の別れはきっと幸せになる為の別れ...

 

12月のモノローグ...

  • 2017.12.03 Sunday
  • 08:38

毎年12月は寂しいのだけど

今年のそれはちょっと違うものだ。

自分は社会から捨てられ、また社会を捨て

誰も守ってくれない立場に今いる。

 

簡単に言えば無職なんだけど...

なぜそうなったかと言えば

職場の中で部署異動があり

慣れた仕事から外れたことがひとつ。

 

そしてそれに伴って社内のパワーバランスが崩れ、

人間関係に修復出来ないひびが入ってしまったこと。

 

今回、かなりの人が逃げるように辞めて行き

会社はパニック状態に陥っているみたいだ。

でももう関係ない。こちらも傷を負った。

 

生きることにも疲れてきた。

辞めたことをMは知らない。

言ったところでまた不安を口にするだけ。

 

彼女が自分を支えることはない。

支えるのはいつもこちらの方だ。

そんな関係にも疲れてしまった。

 

10年近い付き合いが続いてるのは

自分のせいで身体に一生消えない傷を付けた負い目があるから。

それだけだ。

 

「こんな身体じゃ誰とも付き合えない」

 

この言葉がものすごく重い。

もしMと別れることになっても

他の誰かと付き合いたいとは思わない。

 

この10年間

すべてのエネルギーを使った気がする。

 

 

もう燃料は残ってない...

 

共感のベクトル...

  • 2017.11.15 Wednesday
  • 21:57

一緒にいてとても苦痛な人がいる。

何故こんなに苦痛なんだろう?

時間がとても長く感じる。

 

つまらない話を永遠のごとく聞かされる。

その場を離れたくて

話がいつ終わるかと身構えていてもなかなか終わらない。

 

この人は呼吸をしてるのか?人間なのか?

息を吸うのは一瞬で

後は二酸化炭素を吐きまくる。

地球温暖化はこの人のせいではないかと思ったりする。

 

沈黙が怖いのかも知れないが、

男女問わず存在するこの手の人たち。

自分のことしか話さず、

内容はそのほとんどが興味を持たれない自慢話ばかり。

 

相手がつまらなさそうな表情をすると余計に焦り、

話が途切れないように一人笑いを交え、

大きな身振り手振りで訴えかける。

虚しい空回りだ。

 

一緒にいて楽しい人は話が弾む。

当たり前だがそういう人は

たくさんの引き出しを持っていて、

相手の話を広げる力がある。

所謂聞き上手なんだと思う。

 

メンタル的に問題を抱えていても

双方が同じベクトル上にあるなら

つまらない話などないし

辛い話も苦痛ではない。

 

その一例がネット。

分水嶺になった出来事があった。

 

無職になった後、

もぬけの殻状態に陥った時

見つけたのがブログだった。

忘れもしない2005年秋、

ブログ黎明期にあっていちばん活発に動いていたあるブログサービスを選び開設した。

 

離婚とリストラの二重苦で

自分はすっかり精神的に疲弊していた。

同類愛哀れむの例えのごとく、

同じように心が病んでる人たちが集まり話が弾んだ。

 

苦痛などなかった。

要は共感なんだと思う。

苦痛に感じる人は共感を押し付けようとするからダメなんだと思う。

会話とは否定ではなく認め合うことから始めないとそこで終わりなのだ。

 

 

一番辛い時期が一番幸せだった...

 

 

最後かも知れない...

  • 2017.11.11 Saturday
  • 00:50

夜の大阪駅、11番ホームから発車する

20時54分発最終サンダーバード47号

金沢行き。

 

ホームで見送る自分は

今度は生きて会えるかどうかわからない友人を見送った。

彼の座席はホーム側の窓側A席だったので

最後の最後まで手を振って別れた。

 

見送るのは寂しいものだ。

ついさっきまで

梅田の茶屋町にあるサンマルクカフェにいて、

一緒に雑踏を眺めていたのに

時間はあっという間に過ぎて行く。

 

梅田は大都会に変貌を遂げている。

日々進化する高層ビル群。

夜景は眩いばかりで人々を圧倒する。

その人の数、数、数。

それぞれに人生があると思うと感動すら覚える。

 

友人の出張先は東京の方が多いけど

こうして大阪にもたまに来る。

 

「東京と大阪ってどう違う?」

「うーん、東京は綺麗なところかな?」

「大阪ってそんなに汚い?」

「歩いてる人が違うな」

 

関西弁の行き交う交差点で彼がそう答えた。

自分の東京のイメージは気取ってるなって感じだけど、

大阪も場所によっては気取ってるし昔とは違うんだけど、

やっぱり言葉かな?

 

とにかく今は寂しい。

彼が消えた後のホームをゆっくりと歩き

ローカル線のホームに向かった。

電車は眩い夜景を背に自分の住む街へと走り出した。

 

二度と会えない気がする。

「俺はもう生きてないかも知れない」

彼の言葉が耳から離れない。

 

 

この記事は別れた後

地元に戻り、いつものタリーズで書いた。

最近は家より落ち着いて書けるみたい...

 

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